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「雪の城 ザルツブルク」背後に響くモーツァルト
8 雪の城(ザルツブルク)
東山魁夷は旅の最終の地にオーストリアのザルツブルクを選んだ。この旅は第二の故郷ドイツへの旅であると同時に、モーツァルトへの旅だったと魁夷は語る。4月末日に日本を発った魁夷がザルツブルクへ入ったのは8月半ば。9月の帰国までいくつものコンサートを聴き、モーツァルトの生家から母親の生まれた町まで、ゆかりの地を訪ね歩いている。ザルツブルク音楽祭のコンサートの予約は2月にプログラムが発表された時点で済ませていたという。
町の東側にカプツィーナ山という小高い丘がある。魁夷はここに登り、ザルツブルクの町を見たときの印象をこう記した。「雄渾と荘重、節度と調和、気品と典雅、明るさと親しさ、清冽と温かさ、変化とリズム、この眺めはまさしくモーツァルトのシンフォニーそのものだ」。
ある夜、魁夷はコンサートに出かける。指揮はサヴァリッシュ、演奏はウィーンフィル。最後の曲は交響曲36番「リンツ」だった。魁夷は明るい生命観の躍動の中に、ときどき現われては消える陰影に心を動かされる。演奏会が終わると魁夷はホテルへは戻らず、メンヒスの丘へ上り、月光に輝くホーエンザルツブルク城と町並みを眺めた。
「雪の城」は角度や距離感から見てメンヒスの展望台からの景色だ。魁夷は夏の夜に見た古城を冬の景色の中に置いた。前景の雪をかぶった複雑な枝ぶりの樹木はザルツブルクでの感動と、自身の人生の陰影を封じ込めた景色なのかもしれない。
魁夷は夢想する。もし、月の明るい夜に魔笛の力を借りて空を飛ぶことができたら、雪を戴く雄大なアルプスを眼下に見て、バイエルンの岩山の底に抱かれた神秘的な湖を望み、魔法の町ザルツブルクへ降り立つと。
「雪の城」の絵の向こうにはモーツァルトの音楽が響いている。
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