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北ドイツの古都リューベックはバルト海に面した港町だ。12世紀に作られたこの町は、その後、北海・バルト海交易を独占するハンザ同盟の盟主として隆盛を誇った。近くのリューネブルクに産する豊富な岩塩を押さえ、それをロシアや北欧に輸出し、また、塩漬けのニシンやタラをはじめとした海産物を南の国へ売り、巨万の富を得た。
今、昔から変わらないレンガ造りの塩倉庫が建ち並ぶ旧市街は、世界遺産に登録されている。
夏の終わりにリューベックを訪れた。40年前、東山魁夷はこの町に滞在し、深い思い入れを持って作品を描いた。その場所を訪ねてみたかったのだ。果せるかな、魁夷が絵にした場所に立ち、絵と同じ構図の景色を眺めることができた。手に持っていた画集の絵と景色を比べたとき、魁夷が描いたのは40年前の景色というより、もっと昔のリューベックだと感じた。
魁夷は青春時代にドイツ文学を愛読し、中でもトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』に惹かれていた。リューベックはマンの生まれた町で、この小説は彼自身が投影されている。魁夷は「ものを創り出す人間の孤独を描いた」とこの作品を評した。魁夷は主人公に自分自身を重ねていたのかもしれない。
ドイツの古都を巡って感じることは、古い建物への執着だ。第二次大戦で破壊された町並みも、完璧なまでに復元する。パイプオルガンで知られるリューベックのマリエン教会も爆撃で破壊されたものの見事に復元されていた。しかし、その一角には、割れた鐘の残骸がそのままの姿で残されている。古い建物に宿る、町を守り続けた先人の精神とともに戦火の記憶をも継承しようとしているのだろう。
若いころドイツに留学した東山魁夷は、そういうドイツの精神を愛していた。古い町を描くことによって彼はそれを表そうとしたのではないだろうか。
(安曇野ちひろ美術館/長野県信濃美術館館長 松本 猛)
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