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「石の窓 ネルトリンゲン」壁が歴史をのぞく窓
5 石の窓(ネルトリンゲン)
ネルトリンゲンのホテル・ゾンネ(太陽)に到着したとき私は戸惑いを覚えた。鉄細工の看板だけは東山魁夷が描いたとおりだったが、内部はさびれていた。名前とは裏腹の薄暗い廊下の先のレセプションには人の気配すらない。階段は傾き、地下のレストランとワインセラーは閉鎖され、さながら幽霊屋敷のようだ。これが、ハプスブルク家から神聖ローマ帝国の皇帝になったフリードリッヒ3世や、その息子のマクシミリアン一世、文豪ゲーテが泊まり、40年前に東山魁夷が何日も過ごしたホテルなのかと不安がよぎる。著名な宿泊者の名前を刻んだ古めかしい木の板だけが、わずかに昔日の面影を偲ばせている。もっともロケーションだけは完璧だった。隣は市庁舎で、向かいには90メートルの塔を持つ後期ゴシック建築の見事な聖ゲオルグ教会が聳えていた。
魁夷と同じように塔へ登ることにする。果てしなく続くかと思われた階段登り詰めると何百年も変わらぬ眺望が広がった。中世の城壁がほぼ完全な姿で町をぐるりと囲んでいる。その内側には赤い屋根、屋根、屋根・・・。
「石の窓」がどこにあるのか、まったく手がかりはなかった。比較的新しく見える市庁舎の裏手にあるインフォメーションで絵を見せて尋ねたが、若い女性は首をひねるばかりだった。どこから探そうかと外に出ると我が目を疑った。市庁舎の裏壁の一角だけが古い壁面を残していた。その壁がまさしく「石の窓」だった。興奮冷めやらぬままにファインダーを覗きシャッターを切る。そのときふと思った。確かに面白い窓が並んでいるが、魁夷にとっては、この壁自体が歴史を覗く「窓」だったのではないかと。
絵では、扉は赤く塗られ、壁の色も温かみがある。画中の扉は使われている扉だ。魁夷は絵筆を取りながら、過去の時代にタイムスリップしていたのではないだろうか。彼の頭の中にはドイツの歴史や文化がぎっしりと詰まっている。
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