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「晩鐘 フライブルク」静かさの中に荘厳さ
3 晩鐘(フライブルク)
「金色に縁取られた雲間から幾筋かの光の足が、塔の真上に放たれていた。巨大な寺院は、その姿を逆光の暗さに沈め、夕影に蔽われたフライブルクの町に、高く聳えていた」(「馬車よゆっくり走れ」)
「晩鐘」の景色を目にしたときの印象を東山魁夷はこう記した。
私は、この絵が描かれた場所を求めて大聖堂の東側の丘に登った。40年の間に木が生い茂り、町並みは葉を透かしてしか見えなかったが、ようやく絵と同じ構図をファインダーの中に確認することができた。そのとき、突然聖堂の鐘が鳴り始めた。いくつもの鐘が重なり合う音は、町を覆うように響き渡った。魁夷も耳にしたこの鐘の音は、何十年、何百年と、朝に夕にフライブルクの町に時を告げているのだ。
魁夷は水平線と聖堂の鐘楼の窓が交差して見える地点まで登り、足を止めたのだろう。鐘はあの窓から音を発する。この絵を見ていると、私には夕闇に沈む町の上に広がる光と重なって、鐘の音が聞こえてくる。
静かさの中に荘厳さを湛えるこの傑作が生まれるには理由があった。実は魁夷の心はこのとき感動に震えていたのだ。
魁夷はこの丘に登る少し前、国境を越えてすぐのコルマール(フランス)を訪ねていた。16世紀初めにグリューネバルトが描いた祭壇画を見るためだ。この祭壇画は、凄惨を極めるキリストの磔刑図から、光と祝福と生命が漲った画面へとドラマティックに展開する。魁夷はこの作品に釘付けになり「ドイツ絵画史上の最高の傑作」といい、さらに「世界の絵画史上での最高の作の一つといえよう」とまで賞賛した。
「晩鐘」の景色のかなたにコルマールはある。魁夷はこの丘でグリューネバルトの祭壇画を思い起こし、晩鐘を聞いたのだ。
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