ちひろドキュメンタリー映画撮影風景
展示室に並べられた「戦火のなかの子どもたち」原画
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ちひろのドキュメンタリー映画のクランクアップが大詰めを迎えている。
監督は沈みゆく島をテーマにした「ビューティフルアイランド」などで知られる注目の若手映画監督の海南友子さん。エグゼクティブプロデューサーは山田洋次監督。
画家をテーマにした映画は、映像で絵をどう見せるかが勝負になる。
最近、東京で公開されている「ブリューゲルの動く絵」という映画を見た。これは恐ろしいほどお金がかかった映画に違いなかった。ウィーンの美術史美術館にあるブリューゲルの名作「十字架を担うキリスト」をメインテーマにした作品だ。十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かうキリストの行進を描いたこの絵には広大な風景のなかに無数の人々が描かれている。映画は無謀とも思えるこの絵と同じ風景を実写で作り上げている。絵と同じような映像から、そこに登場するたくさんの人物たちのそれぞれの生活を追いかけ、ブリューゲルが生きた時代を再現するというとてつもない映画だった。綿密な時代考証を元に、とてつもないセットを作り、ロケを行い、膨大な出演者を揃えた空前の美術映画大作といってもいいだろう。すごい映像に圧倒されるし、確かに一見の価値はある映画に違いない。美術史をいくらかでもかじったものなら、この映画のすごさを認めない訳にはいかない。しかし、正直、面白いとは言えない。なぜだろうと考えたとき、ドラマがないからだと思い至った。空間芸術である美術を時間芸術でもある映画に展開するときにはストーリーへの興味がわかないといけない。
ちひろのドキュメンタリー映画は、絵のなかの子どもたちが動き出すわけではない。どう絵を見せるかを監督から相談された時、ぼくは映されている絵を見る人がちひろの視点を共有できるようになれば面白いと思った。どこまでうまくいっているかはわからないけれど、20代のちひろが戦後上京して、悪戦苦闘しながら絵の勉強をしている場面では、膨大な数のデッサンやスケッチをカメラがどんどん追ってゆくことを提案した。当時の質の悪い紙の上であらゆるタッチを試している絵をカメラが追うことによって20代のちひろの感覚が伝わるのではないかと期待している。もし、ある程度ちひろの感覚を共有してもらえれば、その後の人生ドラマや、どんな絵を描くようになってゆくかに興味が湧くのではないかと思う。
また、美術館の絵の前では?漠然と絵を眺めてしまうことが多いけれど、カメラがクローズアップで絵の細部を写せば、強引にでも画家の描いている感覚に近づけることができる。失敗すれば、嫌なものを見せられている気分になるから大変だが、うまくいけば面白い。
絵とともにたくさんの人のインタビューで構成されたこのドキュメンタリー映画がどんな仕上がりになるか、不安でもあり、楽しみでもある。ちひろの声は女優の檀れいさん。ナレーションはNHKのアナウンサーだった加賀美幸子さん。7月東京で公開され、その後、全国を回る。
松本猛