カテゴリ: つれづれ日記
新聞社が主催する文化人やスポーツ関係者が集まる新年会が長野市であった。たくさんの知人と挨拶を交わしたが、「あけましておめでとうございます」という挨拶をする人は限られていた。14日にもなれば、正月気分ではないと考える人が多いのかもしれない。
実を言うと、玄関の松飾をいつはずすかで、少し迷った。7日の朝、散歩がてらに近所の家を見て回ったが、まだ、飾ったままのお宅のほうが多いようだった。都会では7日にはずす方が多いという話を聞いて、調べてみた。広辞苑では、昔は元旦から15日まで、現在では普通7日までをいう、とあった。大言海も同じ。気になってもう少し調べると、俳句歳時記では、関東では元旦から6日まで、関西では15日までが慣習になっている、と書いてあった。京都や大阪では江戸幕府の言うことなどは無視していたのだろう。田舎は通達が届かなかったのかもしれない。
辞書というものは誰かが書くものだ。筆者の出身地によって内容は変わるのが当たり前と考えるほうがいいかもしれない。歴史的にはもともと15日までだったのが、寛文2年(1662)江戸幕府によって7日を飾り納めとする通達が出たという。これによって、関東では7日が松の内になったということらしい。といったところで、15日にしたのはいつのころからかは分からない。
ともあれ、盆も正月も時代とともに短縮され、その間も働く人がどんどん増えている。緩やかなときの流れは確実に消えていく。
もともと松飾は歳神様の道しるべとして置かれたものだそうだ。神様が鎮座する場所に鏡餅をお供えするわけだから、鏡餅はどこにおいてもいいというわけではなさそうだ。だんだん、神様の居場所も追いやられていくようだ。
季節とともに暮らす人の営みは、もはや過去のものになったのだろうか。何とか抵抗したいと思うのは、歳を重ねてきたせいだろうか。
といいつつ、今日あわただしく、『選挙カーから見た信州』(しなのき書房)の再校を出版社に戻した。本の出来上がりは27日か28日くらいになりそうだ。一息入れたいと思うのだが、我が家の鏡餅はすでに片付けられ、神様はどこかに帰ってしまった。旧暦の正月をもう一度やりたいとも思うが、そうも行かない。
ジタバタしたところで、もう15日だ。気合を入れて、今年を生きることにしよう。
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