カテゴリ: つれづれ日記
しばらくぶりに二日ほど東京へ行ってきた。新宿駅の南口に鉄骨が組みあがっていて驚いた。都市の表情はちょっと見ないうちにどんどん変化する。
子どものとき、東京タワーが出来上がっていくときの変化に心を躍らせたが、今のスカイツリーを見る子どもたちも同じ思いなのだろうか。1964年の東京オリンピックに向けて、当時の東京は急激に変化した。コンクリートの建物は、新しい時代の象徴のように感じたが、今思うと、あの時たくさんの林や森がなくなり、川は暗渠になってアスファルトの道が広がった。
今、東京のビル建築に確実に変化がでている。それは、いたるところでグリーンを育てようとしていることだ。ビルの屋上にも緑は増えてきている。通路には木が使われているところも増えた。コンクリートだけの世界から何とか、自然のぬくもりを取り込もうとしている。人間は、現在の文明のあり方に対して、不安を持っていることはたしかだ。その不安が、現在の都市部の表情の変化に現れているのだろう。しかし、本質の部分での変化にはなりえていない。エコが大切だと企業も口をそろえて言うが、国家を巻き込んだ地球規模の運動にしようとすると、なかなかうまくいかない。
今、森林や林業に関する文章を書いている。日本の山は戦後、針葉樹をひたすら植えた。しかし、木材の自由化によって、安い材木が外国から入ってくると、山は放置されるようになった。人工林は手入れをしなければ荒れ放題になり、災害にもつながる。森林は植林をして、結果がでるのは数十年先である。間伐をしても、それがうまくいったかどうかを見るにはやはり十年単位の視点が必要だ。自然保護を訴え、緑を大切にしようということは簡単だが、山のことを考えると数十年先を見越した抜本的な視点の転換が必要だ。循環エネルギーでもある木材エネルギーの可能性を研究することも、水源涵養林をどうつくったらいいのかも、自分たちの子どもや孫の世代につながることだ。
実は、都市部の建築計画も同じなのだと思う。昨年、ドイツを旅したとき50年前の景色がそのまま残されている町や自然がたくさんあることを知った。ぼくたちが生きているかどうかは別にして、数十年先を見据えた計画をもたねばならないと思う。
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