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つれづれ日記/安曇野ちひろ美術館前館長、長野県信濃美術館・東山魁夷館前館長松本猛(たけし)のBlog

松本猛(たけし)のブログ「つれづれ日記」。日々の感じたことや考えたことなど、つれづれなるままに綴っていきます。

リンゴ

更新日:2010.11.13  |  カテゴリ:つれづれ日記

安曇野の三郷にある「おぐらやま農場」を訪ねた。農場主の松村さんは10年ほど前に安曇野へやってきた。低農薬、無農薬、有機農法を試行錯誤しながら、果樹や野菜を作り、やっと安定した収穫ができるようになったという。

出していただいたリンゴはもちろん皮ごと。色も香りも歯ざわりも、そして味も文句なし!誰だって、除草剤や化学肥料や農薬付けの農産物なんて食べたくないのに、いつからそういう野菜や果物があふれてしまったのだろう。この地域では、がんばって人間が安心して食べられる農作物を作ろうとしている人たちのグループがある。

安くて見てくれがいいものを追及してきた時代から、安心安全という価値に重点を置く社会を作っていかないと、日本の農業は生きていけないだろう。国民のの健康を守るためにも、多くの農家が、有機農法や低農薬での耕作ができるようにしていくのが農業政策というものだろう。

いま、TPPが問題になっているが、日本の政府は戦後一貫して、日本の農業をやせ細らせてきた。民主党もまた同じ轍を踏むのだろうか。沖縄問題もそうだけれど、アメリカの圧力に対して、毅然とした態度を示せる政治家が出て来てほしいものだ。

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フィルムコミッション

更新日:2010.11.08  |  カテゴリ:つれづれ日記

少し前、我が家から見える川の堤防に何台も車がやってきた。ぞろぞろ人が降りてきて、カメラや機材を川原に運んだので、何かのロケだということが分かった。着物を着た子どもたちもやってきて、どうやら、来春からはじまるNHKの連続テレビドラマ「おひさま」のロケらしい。野次馬を決め込んで川原に行ったら、近所の人たちもみんな見物していた。テレビドラマでも映画並みのロケ隊の人数がいた。ロケというのはなかなか大掛かりなものだ。

後で聞いたら30人くらいのスタッフが来ていたらしい。それに俳優も加えればけっこうな人数になる。この人たちが何ヶ月も滞在すれば、宿泊費や飲食費だけでも、地域にはかなりの経済効果をもたらす。40人が2ヶ月間滞在したとして、1人1日1万円消費したとすると、2400万円が地元に落ちる計算になる。

もっとも、直接的な経済効果よりも、ヒットした映画や大河ドラマや朝の連ドラの舞台になった地域はたくさんの観光客でにぎわうから、観光振興には絶大な効果がある。

近年は地域にロケを誘致するための組織として、フィルムコミッションが各地で立ち上げられている。長野県では上田や松本が熱心な活動を行っている。ぼくは県レベルのフィルムコミッションがあれば、各地の組織とネットワークを作ることもでき、小さな町村の魅力的な地域もアピールできると思っているのだが、どうだろう。もっとも、自然保護や景観が崩れたりしては元も子もないが。

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アルプス冠雪と宮沢賢治

更新日:2010.11.02  |  カテゴリ:つれづれ日記

 

何日間か、雲の中だったアルプスの峰にはきっと雪が降っているのだろうと想像していた。晴れあがった日の景色を心待ちにしていたのだが、今朝は青空にくっきりと白い山が見えた。右手が有明山、左が大天井岳。今年は異常気象だったが、やっといつもの11月の景色になった。このままさわやかな日が続いてくれるとうれしい。

秋は透明な光と風の季節だ。この秋の美しさを描いた人は画家にも作家にもたくさんいるけれど、宮沢賢治はその中でも秀逸な一人だと思う。先日、「宮沢賢治とちひろ」についての講演をする機会があって、久しぶりに賢治の詩や童話を読んだ。あらためて読み返してみると、これほど視覚的な文章だったかと感動した。「めくらぶどうと虹」の冒頭の部分を引用してみよう。”めくらぶどう”というのはノブドウのことだ。一房に青や紫や赤紫や赤や白の実をつける。

「城あとのおおばこの実は結び、赤つめ草の花は枯れて茶色になり、畑の粟は刈られました。(中略)崖や堀には、まばゆい銀のすすきの穂がいちめん風に波立っています。その城あとのまん中に、小さな四つ角山があって、上のやぶには、めくらぶどうの実が虹のように熟れていました。さて、かすかな日照り雨が降りましたので、草はきらきら光り、向こうの山は暗くなりました。そのかすかな日照り雨がはれましたので、草はきらきら光り、向こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑っています。そっちのほうから、もずが、まるで音譜をばらばらにしてふりまいたように飛んできて、みんな一度に、銀のすすきの穂にとまりました。・・・」

色彩、光、風、空気、明暗、こんな風にハーモニーを奏でる風景描写をしてみたいと思う。そして、物語は、このあと美しい虹の登場へと導かれていく。

今日は昼前から再び山は雲の中に隠れてしまったが、次の晴れ間が出た日に、さわやかな光と風を感じながら、賢治の目をもって野山を歩こう。遠く、真っ白に輝くアルプスを眺めながら。

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青木村児童センター

更新日:2010.10.29  |  カテゴリ:つれづれ日記

魅力的な子どもの教育に取り組んでいる青木村の児童センターを訪ねた。青木村は人口5000人弱。上田市の西にある村だ。

小学校の児童数は250人ほど。学校の横にある児童センターに授業が終わると子どもたちが集まってくる。子どもたちは「ただいま」といってセンターに入る。スタッフは「おかえり」と迎える。ここは、子どもたちにとって遊びの拠点だから、学校の生活と切り替える意味もあるのだろう。指導員のことも子どもたちは「先生」とは呼ばずニックネームで呼ぶ。

このセンターのすごいところは、とことん戸外で遊ばせることだ。暖かい季節は川遊びが人気で、寒くなると焚き火がはやる。銀杏やサツマイモを焚き火で焼いて食べる。

「あぶない」「きたない」「うるさい」といわれ続けながら育つことが多い現代の子どもたちの中で、ここは別世界だ。泥まみれになって遊び、すり傷は当たり前の一昔前の子ども社会が息づいている。異年齢の子どもたちがいっしょになって遊び、良いことも悪いことも上級生から下級生に遊びながら伝えられていく。当初は保護者から「危険なことはさせないでください」というクレームもあったそうだが、子どもたちの喜びに満ちた顔や、たくましく成長していく姿を見て、児童センターの方針に信頼を寄せてくれるようになったという。

村内の大人が子どもたちにさまざまなことを教える「水曜クラブ」があるのも魅力的だ。90歳のおじいちゃんが子どもたちに囲まれながら折り紙を教えていた。おばあちゃんたちが教える茶道クラブは人気がないだろうと思ってのぞいてみると、かしこまって正座をしている子どもたちがたくさんいて驚いた。聞いてみると、お菓子が狙いらしい。ゲートボールクラブも人気があった。

青木村では、子どもたちを核に地域コミュニティーの再生が行われている。教育とは何か、地域とは何かを考えさせられた。

今年、さまざまなところを訪ねて見えてきた信州の魅力と課題を一冊の本にまとめようと思って目下執筆中だ。教育もその中の重要なテーマの一つである。

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長期的展望をもって

更新日:2010.10.25  |  カテゴリ:つれづれ日記

しばらくぶりに二日ほど東京へ行ってきた。新宿駅の南口に鉄骨が組みあがっていて驚いた。都市の表情はちょっと見ないうちにどんどん変化する。

子どものとき、東京タワーが出来上がっていくときの変化に心を躍らせたが、今のスカイツリーを見る子どもたちも同じ思いなのだろうか。1964年の東京オリンピックに向けて、当時の東京は急激に変化した。コンクリートの建物は、新しい時代の象徴のように感じたが、今思うと、あの時たくさんの林や森がなくなり、川は暗渠になってアスファルトの道が広がった。

今、東京のビル建築に確実に変化がでている。それは、いたるところでグリーンを育てようとしていることだ。ビルの屋上にも緑は増えてきている。通路には木が使われているところも増えた。コンクリートだけの世界から何とか、自然のぬくもりを取り込もうとしている。人間は、現在の文明のあり方に対して、不安を持っていることはたしかだ。その不安が、現在の都市部の表情の変化に現れているのだろう。しかし、本質の部分での変化にはなりえていない。エコが大切だと企業も口をそろえて言うが、国家を巻き込んだ地球規模の運動にしようとすると、なかなかうまくいかない。

今、森林や林業に関する文章を書いている。日本の山は戦後、針葉樹をひたすら植えた。しかし、木材の自由化によって、安い材木が外国から入ってくると、山は放置されるようになった。人工林は手入れをしなければ荒れ放題になり、災害にもつながる。森林は植林をして、結果がでるのは数十年先である。間伐をしても、それがうまくいったかどうかを見るにはやはり十年単位の視点が必要だ。自然保護を訴え、緑を大切にしようということは簡単だが、山のことを考えると数十年先を見越した抜本的な視点の転換が必要だ。循環エネルギーでもある木材エネルギーの可能性を研究することも、水源涵養林をどうつくったらいいのかも、自分たちの子どもや孫の世代につながることだ。

実は、都市部の建築計画も同じなのだと思う。昨年、ドイツを旅したとき50年前の景色がそのまま残されている町や自然がたくさんあることを知った。ぼくたちが生きているかどうかは別にして、数十年先を見据えた計画をもたねばならないと思う。

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夕焼けの有明山

更新日:2010.10.17  |  カテゴリ:つれづれ日記

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毎日見ている有明山だが、その表情は一日たりとも同じことはない。写真では空の色の美しさが十分に伝わらないのが残念だが、昨日の夕暮れ時の空の色は心に染み入るようだった。

茜さす紫野行き標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや君が袖振る

茜いろの空を眺めていると、万葉集の額田王(ぬかたのおおきみ)の恋歌が浮かんだ。万葉の時代から、美しい空は人々の心を動かしてきた。

有明山は万葉の時代よりずっと前からここにある。江戸時代ころまでは戸放ヶ嶽(とばなしがたけ)とも呼ばれていた。天照大神が天岩戸に隠れたときの手力男命が岩戸を投げ捨て、世の中に光を戻したとき、その岩戸が飛んできてできた山だから、戸放ヶ嶽。戸隠山も同じいわれで、岩戸が隠された山だからこの名前がついた。

有明山は「明かりが有る」という意味だろうか。有明海ともおそらくつながりがある。5、6世紀ころ、北九州からやってきた安曇族が名づけたのではないだろうか。やはり安曇族の本拠地の一つだった対馬にもきれいな三角形の有明山がある。

神が宿るといわれる有明山。長い間、修験道の修行の山でもあった。

美しい山の姿に、人々はさまざまな思いを重ねる。一瞬の空の色に、古の人々を想い、幸せなひと時を味わった。

ちなみに拙著『失われた弥勒の手―安曇野伝説―』(講談社)に有明山のことは詳しく書いた。

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二百人一首

更新日:2010.10.15  |  カテゴリ:つれづれ日記

諏訪地方の「戦争はいやだ 平和を守ろう会」というところから短歌集を出すので、言葉を寄せてほしいという依頼が来た。

この会は3年前に『不戦を誓う99人の手記』を出版している。この手記の第2弾として「平和短歌百人一首」を募集したところ、応募者が200人を超え、「二百人一首」として出版することになったという。出版予定日は真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まった12月8日。

ゲラが送られてきて目を通したところ、70代、80代の人が圧倒的に多く、最高年齢は100歳だった。ぼくの両親が生きた時代を共有した人々だ。200もの短歌を読んでいくうちに不思議な力に心を動かされているような印象を受けた。身近な人を失った悲しみや、戦争中の苦しい思いが一つのうねりのようになって、ぼくの心に迫ってきた。いや、200の短歌の向こう側にいる、無念の思いをいだきながら亡くなっていった、たくさんの人々の思いがあふれ出て、ぼくの胸に迫って来たといったほうがいいかもしれない。

短歌というものは短い言葉の中に思いを込める。この「二百人一首」は語りつくせない思いがあふれ出ていて、言葉の向こう側に広がっていた。

戦後65年、ぼくも含めて、戦争を知らない世代が圧倒的に多くなった。国連軍に参加すべきだとか、憲法9条を変えて、きちっと軍隊を持つべきだという人もいる。戦争の実感を戦後世代が持つことは難しいが、このような歌集に触れることは大切だと感じた。日本が国家として人を殺さずに65年間こられたということは、平和憲法があったからに他ならない。国家の権力で、庶民の悲しみを生み出してはならないと思う。

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世界の絵本大集合!

更新日:2010.10.10  |  カテゴリ:つれづれ日記

9日から松本市美術館で「こころはずむ えほん の せかい ちひろ美術館コレクション 世界の絵本大集合!」が始まった。

20世紀初頭、子どもの絵本の黎明期に活躍したイギリスのケート・グリーナウェイなどから、アメリカの絵本黄金期の作家、そして、現代のミリオンセラーの絵本作家の作品など約150点が展示される。安曇野ちひろ美術館でもこれに呼応して、100点規模の「国際絵本コンクール受賞画家展」を開催し、2館で連携した取り組みになった。この二つの展覧会をみるとちひろ美術館のコレクションの全貌が分かる、といいたいところだが、ちひろ美術館のコレクションは、現代作家だけでも、32カ国199人の画家による約26000点の作品があるから、全貌とはいえない。しかし、主要な作品はかなり網羅できているので、アウトラインは分かっていただけるだろう。

今回の出品作品は、ぼくが30代の後半から世界中をかけ回って、さまざまな画家たちと直接交渉して集めてきた作品が多いので、展示をみていると、いろいろなことが思い出された。子どもの本の絵を描く画家たちは画壇的権威を求めず、どこかで子どもの部分を持っている人が多かった。それでいながら、技術的には超一流で、魅力的な人ばかりだった。彼らとの出会いから、ぼくはたくさんのことを学んだ。

松本市美での展示は、学芸員がオリジナリティーを出そうと工夫してくれたおかげで、見慣れているちひろ美術館の展示空間とは違い、興味深かった。

建物の入口から3種類の足跡が展示室の中までずっと続いている。一つは子どもの足跡、もう一つはアヒルのような足跡、最後の一つが何の足跡なのかどうしても分からない。展示室のたくさんの作品の前にもこの足跡がある。展示室の出口の近くで、足跡は最後の展示作品に向かって壁を登り始めた。最後の作品はいわさきちひろの絵本『もしもしおでんわ』の一場面だった。

女の子とアヒルが散歩をしている。その後ろには色とりどりのちょうちょが並び、そして最後にはなぞの足跡の・・・。

つまり、足跡はこの画中に描かれた登場人物たちのものだったのだ。美術館という空間を使って、一片の絵本の世界を作り出したということだ。美術館の巨大な壁に長新太作品である、鼻で大きな池を描く象がいたり、担当学芸員をはじめ展示の製作スタッフたちもこの展示を楽しんでくれたようで、うれしかった。

ところで、なぞの登場人物は種明かしは絵本評論や、映画評論ではしてはいけないことだが、ここでは、展示を見に行けない人もいるだろうから、そっと教える。女の子が、電話をかけてなかよくなった真っ赤なお日様が、丸いからだから短い足を出して、いっしょに散歩をしているのだ。

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お日様がいっしょに歩いている。

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坂本美雨さん

更新日:2010.10.05  |  カテゴリ:つれづれ日記

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 昨日、NHK教育テレビの撮影が安曇野ちひろ美術館であった。「ミューズの微笑み」という番組で安曇野ちひろ美術館をとりあげてくれる。(放映は10月16日夜23.45~0.15)ナビゲーターは音楽家の坂本美雨さん。ちひろについてのインタビューを受けたが、素敵な感性をもった女性だった。

 彼女のお父さんは坂本龍一、お母さんは矢野顕子。坂本龍一さんはぼくと同じ年齢で、芸大では、面識はなかったものの、同じキャンパスにいた。美雨さんとぼくは親がビッグネームということでも共通点があり、話は弾んだ。

 母、ちひろのどうにもかなわなかった才能について語ると、美雨さんは「そうなんです」と自分のご両親への思いを重ねられ、面白かった。龍一さんは美雨さんに、やるなら「一流になれ」といったそうだが、一流とは何だろう。ゴッホも宮沢賢治も生きているときはなかなか認められなかったが、超一流だ。ぼくの知っている絵描きさんの中にも、画壇的権威を求めなかったために有名ではないが、すばらしい仕事をした人がいる。ぼくがやってきたことの一つは絵本の分野でそういう作家たちを発掘してきたことなのかもしれない。

 母に、絵の才能では及びもつかなかったが、母から学んだことは山ほどあった。選挙に出てみて、父、松本善明のすごさも改めて知ることができた。ビッグネームかどうかは関係ないが、しっかり生きた親から学ぶものがたくさんあったぼくは幸せだと思う。

 美雨さんには、自分らしく、自分が納得するいい仕事を焦らずにやってもらいたい。

 

松本猛

わかりやすい表現

更新日:2010.10.02  |  カテゴリ:つれづれ日記

 少し前の朝日新聞の記事で、画家の安野光雅さんが哲学者の鶴見俊輔さん文章を引用していた。引用によれば鶴見さんは、日本の知識人は、社会に対して、効果的発言をすることができなくなっている。それは知識人の思索の根幹と一般市民のそれとがかけ離れていているからであり、多くの知識人は効果的な発言をするための表現手段を持っていないからだ、という。安野さんは1950年に発表されたこの文章を、今読んでもその通りだという。 

 この鶴見さんの指摘は、ぼくが長年かかわってきた美術の分野でも顕著に見られる。新聞の展覧会評も図録の解説も特別な美術知識人だけのために書かれているように思うことがたびたびあった。美術の世界では、イラストレーションもマンガも、絵本も、長い間取りあげることすらしてこなかった。美術家は語りたいことがあれば、市民にとって身近な表現手段の中にもっと入り込むべきだと思うし、評論家や研究者はそのことを分かりやすく語るべきなのではないだろうか。

 じつは同じことは政治の世界でもあるのだと思う。政治家が語るべきことを持っているか持っていないかは置くとして、一般市民に伝わる言葉を持っていないから投票率が低くなる。芸能人やテレビで活躍する人が政治家としても人気があるというのは、中身は別として、メディアでの表現手段を知っているからに違いない。

 10月9日から、松本市美術館で「こころ はずむ えほん の せかい」が始まる。ちひろ美術館がコレクションした世界の絵本画家たちの作品が展示される。子どもたちが楽しめる「芸術」の世界は大人にも分かりやすいものだ。表現するとは何かをあらためて考える機会になればうれしい。

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